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「浅田真央 さらなる高みへ」 (吉田順) レビュー/メモ


浅田真央 さらなる高みへ (吉田順)

★★★★★


・浅田真央の誕生から2010年末までの20年間の軌跡を、網羅的に記述したもの。
・本人や関係者への取材、客観的な事実の蓄積を重視し、それらをバランス良く配置・構成することに徹底している。スポーツジャーナリズムは、本来こうあるべき。(一部のスポーツライターは、自分の好き嫌い・価値観を、読者に押しつけようとするが、そんなものは誰も求めていない)

・そのためか、浅田真央に関して、今までメディアに出ることはなく、知られていなかったことも多く書かれている。
・著者は、フィギュアスケートの専門家ではないが、それがかえって、余計な先入観が無くて、良い。
・著者の思い込み・エッセイではなく、他の記事の引用などもない。
・浅田真央本人が、読者第一号として目を通しているため、内容の信頼性も高い。

・2004年の全日本選手権、2005年のGPシリーズ中国・フランス大会、毎年のエキシビションのプログラムに関する記述など、もっと書いてほしいこともあったが・・・。
・他国の某選手との「ライバル対決」は、マスコミが勝手に作った「虚構」。
・競技の周辺環境に関することで、厳しい面もあったはずだが、それにはあえて触れていないと思われる(2009年初頭の頃に、モチベーションが下がった本当の理由など)。
・本書のメイキングブログ(http://gakken.jp/ep-koho/?cat=23)も合わせて読むと良い。

-----
■読書メモ

※以下、おそらく、今まで他のメディアでは、ほとんど書かれていなかった事項
(取材を通じて分かったことだろう):

・母親が真央にフィギュアスケートを習わせたのは、バレエに役立てるため(有名なバレエダンサーが元フィギュア選手だったこともあって)。
・6歳の頃の仙台合宿での真央の様子を、長久保コーチや荒川静香も覚えていた。ジャンプの才能を感じたとか。
・真央と舞が子供のころ、同じ試合に出ることは少なかった。母の配慮から。
・2002年、長野の世界選手権で、真央と母親は、タラソワに会った。その頃から、母親は、将来タラソワをコーチにつけたいと考えていた。
・伊藤みどりのトリプルアクセルの軸の傾きは 75度、真央は 85度。伊藤は、助走の軌道が直線的、真央は半円に近く遠心力を利用する形。
・2004年の、初めてのジュニアGPシリーズは、当初は出る予定が無かったが、姉の浅田舞が足を骨折したため、代わりに出た。そこで快進撃。
・2006年、渡米後のコーチ、アルトゥニアンは、真央はクレバーなので、真央の言うとおりにする、というスタンスだった。
・真央はスケート靴を大事にする。長く使うため、年に2足しか使わない。2006年シーズンは靴を変えるタイミングで苦しんだ。
・2006年の全日本は、小指を骨折し深刻な状況の中で、優勝。それまでで一番うれしかった。
・2006/2007シーズンまで、基本的に衣装は母親がデザインしていた。
・2008四大陸選手権の前、アルトゥニアンは「練習を見てないので責任持てない」として、来なくなった。急きょ、小林れい子氏が、サポートすることになった。
・2008世界選手権の1か月前に、靱帯損傷のけがをした。1週間絶対安静のと言われる中、少しずつできる練習をして、試合に備えた。
・小林れい子は、真央に、公式練習でもジャッジらにアピールするよう助言した。
・2008シーズン前は小塚コーチ(小塚崇彦の父)にスケーティングを見てもらい改善した。タラソワにも「スケーティングが変わったわね」と言われた。
・2009(2010五輪)シーズンまで、真央の靴は、既製品を使っていた。このシーズン前は、10セットほど取り寄せ、ブレード・靴の組み合わせを調整しながら、滑り比べ、小塚コーチと相談して決めた。
・五輪選考がかかる全日本選手権の1か月前、ジャンプが絶不調の中、見かねて、長久保コーチが助言した。「助走スピードが足りない」「腰が早く回り始めている」など。そこから復調できた。
・バンクーバー五輪前にには、岡崎真、河野由美コーチの助言により、トリプルアクセルの回転不足対策。助走の軌道を、より円くすることで回転速度アップ。
・五輪後、母親は、真央のスケートから離れることにした。
・五輪後、スケート靴をオーダーメードに変えた。
・「究極のスケーター」になるのが夢。
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[ 2011/10/03 16:29 ] [ 編集 ]
Re: 浅田真央さんの誕生日・生まれた時間が 二つある
マオさん
> こんにちわ
> はじめまして
> ひとつ解決しない謎があるんです
> それは
> > 浅田真央に関して、今までメディアに出ることはなく、知られていなかったことも多く書かれている
>
> 彼女は正午に産まれたと書かれていましたが
> ほかの著者・宇都宮直子さんの書物には
> 朝方に産まれたと書かれていました。
>
> どちらが 正しい情報なのか・・・悩むところです。
>
> 失礼します。

そうですか。気づかなかったです・・・。
どちらなのでしょうね。気になります。
(自分が生まれた時間帯すら知らないし、気にならないのに・・・。)
[ 2011/10/04 00:12 ] [ 編集 ]
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[ 2011/10/05 17:56 ] [ 編集 ]
Re: 真央さんの生まれた時間
マオさん、詳しい説明ありがとうございます。

比較すると:
●『浅田真央 15歳』P.44では、
「浅田真央が生まれたのは、1990年9月25日、空の高い、晴天の朝だった。
「担当医師は、促進剤を打つとき言った。「2時間くらいで出産になると思います」」

●『浅田真央 さらなる高みへ』P.12では、
「1990年9月25日正午過ぎ。浅田真央は愛知県名古屋市に生まれた。」
「母・匡子が義理の妹の車に揺られて病院に到着してから、わずか3時間のスピード出産だった。」

これを見る限り、母が病院に着いたのは朝(9時頃?)で、実際に生まれときは、12時を少し過ぎてた、という感じでしょうか?

> こんばんわ
> お返事をいただけまして
> うれしいです。
>
> 宇都宮さんの書籍では朝方
> 吉田さんの書籍では昼間・
>
> これは 原稿印刷ミスなのでしょうか
> それとも 母親の記憶違いのままに
> 原稿にされてしまったものなのか・・・
>
> ものすごく 気になるんです
>
> のちのち いろいろな場面で
> 彼女について 記される場面で
> 二通りの生まれた時間が流れて出るわけですから
> いずれ どちらかが困ることになるでしょうね
>
> ちなみに あのマリアカラスは 当時
> 誕生日が 五つもありましたよ
> もちろん正しい誕生日はひとつだけですが
> パスポートに記載された誕生日も
> インチキの誕生日だったそうです
>
> 現在公開されている誕生日も
> 本当の誕生日では ないことがわかっています
> 彼女の母親だけが本物を知っているそうです
> 人間の星の著者 あの西川満氏の書籍に
> 詳しく いきさつが 書かれていました。
>
> 真央ちゃん 正しい生まれた時間が
> わかる方法が あれば いいな^^^^^^
>
> では 失礼いたしま諏
[ 2011/10/05 21:03 ] [ 編集 ]
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Author:管理人 ■民間企業勤務(情報技術系)。米国から帰国後、首都圏在住。 ■趣味:海外旅行、読書(経済・ビジネス書、歴史小説、ミステリー)、スポーツ観戦(野球、サッカー、フィギュアスケート)、マスコミ批判。
―― 書評よりも、自分用のメモ・備忘録に重点を置きます。おすすめできる書籍が中心です。


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